(2012年感想100冊目)
原題
The Lavender Dragonイーデン・フィルポッツ著 安田均 訳 加藤洋之 後藤啓介 表紙絵
おすすめ度★★★★☆(ファンタジーという名の哲学書。妙に悲しみの余韻があるのがいいです。)
「慈悲深く優しい彼の魂がわれわれのうちにあって、この失望多き世界に幸福を授けることができるようにわれわれを助けてもらおう」
「そうなりましたわ」彼の妻が言った。「わたしの愛するドラゴンの知恵に触れたもので、以後変わらずにおれた人はいませんもの」(p184)ミステリー作家として有名なフィルポッツが描くファンタジー小説、「ラベンダー・ドラゴン」の感想です。
1923年の作品とのことなので、今から約90年前の作品ですね。そんな古さを感じさせない、素晴らしい作品でした。
ジャスパー卿は騎士道の具現の旅の終わりに、ひとつの村を訪れます。その村は邪悪なドラゴンに悩まされていました。しかしジャスパー卿がドラゴンと退治してみると、そのドラゴンは年老いた、良い叡智を持つ、懸命なドラゴンだったのです。しかも彼は、ユートピアを治めていて……。
というようなお話です。
ファンタジーと言いながら、これは一種の哲学書とか、神学書といった雰囲気です。
舞台となるのは中世暗黒時代ですが、現代人に向けたメッセージもあるのでしょうね。難しいお話はドラゴンの口から語られるので、あんまり嫌味な感じはなく読むことができます。
本当の幸福とは? 生とは? 死とは? 人間とは? など多彩な問が投げかけられています。ここまで人間のことを想い、考えてくれるドラゴンがいるということが、なんだか嬉しくて、この本を読んでいる時間はあっという間に過ぎてしまいました。ドラゴンといえば西洋では邪悪の象徴。しかし、ラベンダー・ドラゴンみたいなドラゴンがいたら、人間たちとともに暮らせたら、どんなにそれこそ、本当の幸福であることでしょう。
死期も間近に迫った年老いたドラゴン。彼には痛風もリューマチもあるというのが、また憎めないところであり、作者のユーモアであり、悲哀であります。
最後は少し悲しいですが、ドラゴンとの経験を胸に、みんなそれぞれらしく生きていくのでしょうね。
なんとも、ちょっと悲しい読後感の小説でしたが、この悲しみさえ、我々がドラゴンの考えに触れることができた証のようにも思います。
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