原題 Chanters of Tremaris1 The Singer of All Songs
ケイト・コンスタブル 著 浅羽莢子 小竹由加里 訳 萩尾望都 絵
お勧め度★★★★☆(なかなか奥の深いハイ・ファンタジーです)
≪恐れないで。この世は舞いであり、闘いではない。われわれは皆この世の一部、支配者ではない。トレマリスは月や星々と手をとりあって踊る。海は川を抱き、どの歌にも空が息づく。あの歌術師は知っているはずです。われわれも覚えておかねば≫
図書館で見かけて手に取った本。萩尾さんの素敵な表紙と挿絵、そして大好きな翻訳家の浅羽さんの訳ということで読みました。
この本はどうやら浅羽さんの遺作だったようです。途中で翻訳者様が交代していますが、最後の最後まで浅羽さんらしい美しい訳が読めて、訳文の美しさも期待たがわず大変満足でした。
歌によってさまざまな事象を操る歌術という魔法が世間で信じられなくなって久しい時代。主人公の見習い巫女である16歳の少女カルウィンは、いまでも歌術を信じ使用しているアンタリスという氷の壁に覆われた国に育ちました。ある日、何人も通さぬはずの氷の壁の内側で、年上の男性ダロウが倒れているのを発見し、介抱するカルウィン。ダロウの友人で世界全てを我がものにしようとしている王子サミスの邪悪な野望に巻き込まれ、カルウィンは外の世界に旅立ち、仲間となるほかの歌術師たちを探し始める……。
というような話です。
最初は本の美しい装丁と、歌というモチーフに惹かれて、そこまで期待していなかった作品でしたが、なかなか重厚で奥が深い良質なハイ・ファンタジーであり、思っていたよりずっと楽しめました。
世界観や雰囲気になじむまで時間がかかりますが、面白かったです。
16歳の少女の冒険、成長、友情、恋の芽生えなどが描かれているまさしく王道の冒険ファンタジーです。
年上のダロウはいくつくらいなんだろうなあ。読んでいるとひとまわりくらい違うのかな?? というような印象を受ける。この歳の差も、ファンタジーではなかなか見かけないところですよね。二人の、たがいにひかれながらも、まずは世界を救うのが先、というもどかしさというかストイックな関係がたまらないのです。そう割り切りながらダロウの行動の一つ一つに一喜一憂するカルウィンが可愛い。
ほかの登場人物たちも、それぞれ欠点はありますが魅力的です。とくに話が進むと出てくるトラウト、ミカ、ハラサーの3人がお気に入りです。
しかし、言うほど歌術というモチーフがユニークとか新しいとかいう印象はそんなに受けませんでした。割と使い古されたモチーフだと思うんだけどなあ。
でも、この歌術というのを、さまざまな哲学的、環境的と言った示唆に富んだ問題を根底に潜ませているところは良いですね。ハラサーのセリフとかは含蓄に富んでいてなかなか好きです。
歌術に九つの系統があり、そのすべてを修めたものは世界をその手にすることができる。しかしそれは支配することでは断じてないということに、カルウィンも気づいていく……。そうして、読者もまたそのことに気づいていく。
そう言った、歌と世界が直結しているようなファンタジーです。
登場人物に対してちょっと厳しいファンタジーかなあ、と思ったのですが、根底にあるのはあたたかい眼差しなのだと感じます。
萩尾さんのイラストもイマジネーションをかき立てさせてくれるもので、読んでいて楽しいです。
3部作で、2巻はダロウを中心とした展開になるのだそうです。
また続きも読んでみたいと思います。
何か一つでも気になるとっかかりのある方は、読んでみると良いファンタジーだと思いました。
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